【ブログ】東京大学 水谷准教授に聞く 簡便・高速・高精度 信号処理で挑む調査技術革命!
2022年に、当社「車載式レーダ探査車による床版劣化調査技術」が国土交通省新技術情報提供システム「NETIS(ネティス)」に登録されました。また2023年には、国土交通省の橋梁点検支援技術性能カタログに登録されました。
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本技術の業務としての実運用は弊社(土木管理総合試験所、以下DK)が担っておりますが、開発にあたっては解析アルゴリズム開発専門家の東京大学 水谷准教授にご協力をいただいております。
本記事では、第一期 戦略的イノベーション創造プログラム(以下SIP(エスアイピー))において解析のコア部分となるアルゴリズムを構築された水谷准教授にインタビューを行い本技術の有効性と、今後の土木業界について探っていきます。
▲ 左:DK マーケティング部 遠藤 右:水谷准教授
本技術は電磁波レーダを数値化し低労力・低コストにつながる
ー今回NETIS登録した解析技術は、インフラ維持にどのような有用性がありますか?
水谷:今までの地中レーダのデータというのは、基本的に熟練の技術者が目視で1つひとつ反応を分析していき結果を出していました。しかし、本技術は車載式レーダ探査車のため高速で計測し、短時間で大規模なデータがとれることがメリットです。この膨大なデータを従来どおり、すべて人力で分析しては負担が大きくなってしまいます。
今日、日本はもちろんのこと、世界の先進国も少子化傾向にあります。その中で人の労力にそこまで頼らず、一方でこれまでよりも良い性能、安全性を出すという要求は土木業界でも求められていることです。
地中レーダのデータ分析においても労力を軽減しつつ、精度をより高められる可能性があるとしたら、それは計測データを数学的に処理することだろうと考えました。
今回は地中レーダのデータを数理的に処理していくことによって、インフラ維持管理においては低労力かつ低コストかつ、高速の結果を出せることに寄与すると考えられます。
早期に損傷を発見することができれば様々な応急処置がとれ、結果として補修範囲が狭まり、補修時間も短くなり、最終的に補修コスト削減につながります。
ー特徴的な技術はどういったところでしょうか?
水谷:そもそも地中レーダはインフラ維持管理に特化したシステムではなく、地雷探査等を目的に使われてきました。これはインフラ維持管理とは違う研究です。
このことから当初、地中レーダは一般の方が購入する商品ではなく、数がたくさん出るわけでもありませんでした。そうすると、作る側も売る側もいろいろな目的に対応できるような、平均的な需要や性能を満たすような技術をハード面として作りました。
インフラ維持管理において橋梁内部の微細な亀裂に水が入ると橋梁の寿命は短くなります。その損傷を検出しようとしたとき、先ほどの平均的な需要を満たすような技術では、分析しても損傷が検出できないことがありました。
そこで人間だったら見逃してしまうかもしれない微弱な変化も見逃さず、数理的に処理することで、インフラ、道路とくに橋梁内部の損傷のよりわずかな変化をあぶりだそうと考えた技術です。
ーアルゴリズムによって数理的に処理をするということはAIとはまた違いますか?
水谷:AIにも様々なものがありますが、AIは教師データをもとに学習させ、その学習させたモデルをもとに検出するという方法があります。インフラ分野、特に損傷検出がAIで難しい理由は、学習させるデータを集めてこなければならないということです。
レントゲン画像からAIが高精度で癌を検出する技術は、AIが流行り始めた10年ぐらい前にそのような結果はすでに出ていました。
レーダ探査データも白黒のぼや~っとしているところから、損傷検出するというのはレントゲン画像の中から癌を見つけるのとかなり近いと思われますよね?
しかしレントゲン画像とレーダ探査の違いは、データの集まる量です。レントゲン画像は、インフラ分野に比べると集まりやすいですが、インフラ分野は対象によって構造形式も違いますし、損傷の絶対数もかなり少ないです。
さらに本当にそこに空洞があるレーダ画像はどの程度集まるでしょうか?空洞が本当にあるかどうかは、実際に穴を掘って確認します。時間もコストもかかり簡単なことではありません。そうすると学習をさせるというアプローチはインフラ分野においては極めて難しいと考えました。
そこで損傷検出は学習型ではないアプローチをトライしてみようと考えました。意味のあるわずか変化なのか、意味のないわずかな変化なのかを判断するために理論的な信号処理という方法があります。この信号処理アプローチを使って、わずかな有意義な変化をあぶりだすというのが根幹の考え方です。
▲ インタビュー結果をもとに弊社が作成
ー先ほど出てきた信号処理についてもう少し詳しく聞いてもよろしいでしょうか?
水谷:コンセプトは単純です。損傷というのは、あるところは1mm、あるところは0.1mm、少し横に行くと水が入っているなど、このような形でランダム性(損傷の多種多様)があります。
仮定として損傷がないところをうまく基準点として取れたとします。しかし、その基準点は正しいかも分かりません。続いてその付近で基準点を動かします。それも損傷がないところで取れたとします。損傷がないためほとんど同じ波形です。そしたら出てくる結果も同じところがひずんでいます。と判定されるわけです。
一方で、基準点を損傷から取ってしまった場合、横に動かせば基準点の波形が変わります。すると結果は基準点を動かす度に変わります。それは正しくない基準点をとっているということになります。
基準点をある記号で動かして、結果が安定しているのであれば、正しい基準点の取り方であり、結果がわずかに基準点を動かしたときに変わってしまうのであれば、その基準点の取り方は正しくないという判断をします。
事前に基準点をあぶりだしてその基準点の波形をもとにひずみ度合を調べ、ある指標化にしていき損傷があるかどうかの判定をする。そういったアルゴリズムです。
▲ 解析原理のイメージ図
戦略的イノベーション創造プログラムからDKとのご縁
ーDKとの協力関係は、2014年開始の第一期 戦略的イノベーション創造プログラム(通称:SIP)だと伺っております。そもそも、このSIPとはどのような取り組みですか?
水谷:SIPとは内閣府主導で行った国家プロジェクトです。国民にとって重要で必要な社会的課題や、日本経済再生に寄与できるような世界を先導する課題について、各課題のプログラムディレクターを中心に産学官が連携を図り、基礎研究から実用化・事業化を目指す取り組みでした。
SIPには大きな協同研究体(以下コンソーシアム)をつくります。ディレクターの学者の先生方がインフラ維持管理のイノベーションを創出するために、今までインフラ分野で使っていたけれども、さらに進展できそうな可能性のある技術を選び、声をかけて応募をする流れがありました。
当時、地中レーダ探査のデータ分析を行う熟練技術者がいるDKさんに声をかけられたと聞いています。また、分析をどうするとなったときに数学的なデータ分析をやり、若手の研究者ということで私も声をかけてもらって、一緒にコンソーシアムの中でやることになりました。
第一期SIPで私たちのコンソーシアムがターゲット(解決すべき問題)として設定していたのが、鉄筋コンクリート床版の損傷を検出するという問題でした。この課題については冒頭でお伝えした通りです。
ー実際の道路などで現場実証なども行ったのですか?
水谷:もちろん実施しました。ただ実際の道路だけではなく、実物大の床版(以下試験体)を製作して検証を行いました。
有効性を検証するのですが、何度も繰り返す中で真値の考え方は創るしかないということになりました。そこでコンクリート工学の専門家の方々に指導していただきながら試験体を製作し、計測を行い「確かに損傷だ」というのを、実際の道路と試験体両方を行ったりきたりしながら、検証を繰り返しました。
▲ 製作協力・アドバイザー:株式会社NIPPO、NEXCO東日本、東京大学、日本大学、京都大学
ー大きなプロジェクトとなると、大変なことも多かったのではないですか?一番大変だったことはなんですか?
水谷:イノベーションを起こすということは、既存の専門的な内容だけでは解決が難しいので、他の分野と一緒に協力して解決するが前提です。しかし、たくさんの方とやるというのは時間もかかりますし、専門用語も違うのでお互いの理解も難しい点がありました。
分野横断、分野協働するということは魅力的でありますが、結果として大変だったのではないかと思います。
DK熟練技術者のノウハウがプログラム化には必要だった
▲ 引用元:SIP インフラ維持管理・更新・マネジメント技術 成果事例紹介
ーコンソーシアムで弊社と組んで良かった事はありますか?
水谷:実測データは数学的なデータにしか見えないのですが、結局対象としているのは実物の土木構造物のため、「この損傷はとらえなくてはならない」となったときに、その波形の変化は有意義なのかどうかという判断は、実際にレーダ探査のデータ分析を行っている熟練技術者に助けていただきました。単一のデータ分析の専門家だけではとても太刀打ちできません(笑)
その後、私の方で咀嚼して数式に落としていき、プログラム化していきます。
遠藤:その熟練技術者というのは、弊社の垂水でしょうか…?
水谷:その通りです!(笑)
コンソーシアムを組んでいた期間はデータのやり取りを頻繁にしていました。
「この結果はどうですか?」「これだと点検員の結果とこれぐらい整合性がとれています。しかし、ここが合わないのでこの原因を探りましょう」という感じです。
私は地中レーダのデータを分析したことがなかったので、波形の変化に無意識の前提みたいなものがありました。無意識の前提をもとに数式を組んでいると、地中レーダ損傷検証の分野では感覚が間違えている可能性もあります。そのため、かなり密にディスカッションしながら、データを見ながらやらないとできませんでした。
ーこの先、DKにどの様なことを期待しますか?
水谷:歴史ある従来の調査方法から、たった数年で自動化に置き換えるというのはなかなか難しいことです。
本計測、本点検として使えるようになるまでは何段階かステップを踏むというのは必要になると思います。
そのために地道な検証作業を繰り返していき、継続的に改良を進めなければなりません。
DKさんが実運用されたうえで、こういう改良点があるのではないか?こういう視点での処理の仕方があるのではないか?とフィードバックしてもらえたら、それは新しい研究として継続して進めていかなければならないと思います。
遠藤:私どもも発注者様に対して説明をする際に、理解を得るために因果関係や相関関係があると非常に武器になって、説明がしやすくなるので業務で得たノウハウのフィードバックを先生に引き継ぎ、どういった関係があるのか研究を継続していただけることは非常に期待しております。
今後について
ー先生自身はどのようなことに興味がありますか?
水谷:工学を対象にしている以上は、現実的に使えなかったら意味がありません。すごく難しい問題であっても現実的に使える技術にするとなると計算時間、精度、すべてのいろんな条件を満たしながら研究する必要がありますが、それはすごく難しく、だけど楽しいです。
私は、従来目視できる構造物の表面状態などの「可視空間情報」を、構造物内部など直接目では見えない「非可視空間情報」に統合することが次世代に革新をもたらすと考えています。
地中レーダ探査の計測データを数理的に処理することで、まるで医療で使うMRIのように、構造物表面・内部の損傷、路面下の埋設管・空洞などの位置や立体形状をリアルタイムに三次元透視して、しかもその時間変化まで捉えることで構造物の「四次元透視」技術の実現を目指しています。
東京大学卓越研究員紹介より一部引用
ー先生は今後、土木業界がどうなっていくと思いますか?
水谷:われわれの世代がどうするか?ということになってくると思います。今、DX化(デジタルトランスフォーメーション)と言われていますが、これからも進んでいくと思いますし、私自身進めていかないといけないと思っています。
目視できない地下空間を例に挙げると、今までアバウトだった情報が、1mm単位で情報が得られたとしたら、地下空間も有効活用できます。施工前にレーダ探査している情報が、事前にグーグルマップのようにすでに用意されていたら、さらに誰でも見られるようになっていたら、建設業界全体は効率化されるのは確かだと思います。その様々なところの1次データがあれば設計のベースとなり、施工も効率化が進むはずです。もっというと無人での建設現場が実現するかも!?(笑)
しかしそれを実現するには、すべての状態データを情報化、データ化しないといけません。それは結果、DX化によって作られる可能性があると思います。気づいたらチャットGPTが登場しています。
土木業界にもイノベーションが起きると思いますし、起こさないといけない。そのためには新たな情報をデジタル化してそれを有効に活用するDX化をしていく必要がある。結果として、少子化、国力を維持しながら、かつインフラの安心安全、社会の安心安全が維持されるキーワードになると思います。
遠藤:水谷先生、本日はお忙しい中、貴重なお話ありがとうございました。
一貫して、現状の課題を見据え、今ある技術を将来のためにどのように開発して、活用していくか?丁寧にお話しくださいました。またどんな人が聞いても想像がしやすい「例えば~」と話してくださるので初めて聞く私も、水谷先生のお話に引き込まれてしまいました。お忙しい中のインタビューでしたが、実は取材時間を30分も超えていました(笑)
当社も実運用部隊として、現場で得たノウハウを共有し今後の研究が継続し、よりインフラ維持管理の分野に役立てる企業になるため努めてまいります。
水谷先生の今後の研究、ご活躍に期待しております!
▼ プロフィール
水谷 司(Tsukasa MIZUTANI)
博士(工学)
東京大学 生産技術研究所 准教授
研究テーマ
革新的計測・情報処理技術による次世代サイバーインフラの実現
受賞歴等
2020 文部科学大臣表彰 若手科学者賞
2021 科学技術振興機構 創発研究者
東京大学 生産技術研究所 水谷研究室HP
https://mizutanilab.iis.u-tokyo.ac.jp/
当社では、車載式レーダ探査車による床版劣化調査技術の開発だけでなく、路面性状調査の自動化への取組みも行っております。
また、地中レーダ探査等を用いた路面化空洞調査や埋設管調査、トンネル背面空洞調査、ボイド管かぶり厚調査などを実施しております。詳しくは下記リンクからご覧ください。
熟練技術者が在籍する当社だからこそ取組むことができる技術開発に、どうぞご期待ください!